ベトナム旅行ならお任せを!ベトナムで活躍する森本紀子さんが語る「日本で悶々とする20代の若者に伝えたいこと」

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大学在学中にハワイとイギリスへ留学。卒業後、日本の旅行会社に就職。3年目にして待遇の悪さに不満を持ち始め、その不満に耐えながら4年目を終え、退職。その後ベトナムでの日本語教師を経て現在のApex Vietnamという現地の日系旅行代理店へ。ベトナムという地で更なる野望を持ち続ける森本氏にお話を聞くことができた。

 

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経歴
名前:森本紀子さん
年齢:1973年41歳
出身地:大阪府豊中市
大学時代は、積極的に海外留学へ。“ハワイ“、“イギリス“の2カ国でネイティブの英語を体験する。大学卒業後、旅行代理店に入社し4年で退職。その後、日本語教師になり、2002年にインターンシップでベトナムへ。その後Apex Vietnamという現地のベトナム旅行代理店に入社し、今年でベトナムで暮らして13年目のガッツある女性。

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ー世界中には様々な国があります。そして世界にはたくさんの仕事があります。いろいろな場所で活躍する人はいると思うのですが、森本さんはなぜこの地“ベトナム“で、“旅行会社“に勤務し、ベトナム旅行に尽力されているのでしょうか?

森本氏:私はとにかく“英語“が好きでした。それは私の母親のおかげでもあるのですが、私が幼い時、母親は洋書の輸入ビジネスをしていたんです。そのおかげで自宅には英語で書かれた本がたくさんありましたね。当時の私は、その本たちを単純に「かわいい!」と思ったんです。そこから、言葉を知ると外国の方とでも意思疎通が出来る、会話ができる…「これってスゴい!」と感動したのが英語を好きになっていったきっかけですね。
とにかく“英語“が好きだったので“英語“を使う職に就きたかったんです。
正直なところを言いますと、“外交官“に憧れていました。
しかし、まぁ、能力が及ばずみたいなところで諦めたんですが…
それでも、”日本と海外をつなぐ架け橋”になりたいという思いがありました。
ベトナムにいるのは、成り行きというか、運命というか…たまたま知人に“ベトナム“を紹介されて、“ベトナム“に来ました。
また、大学卒業後、最初の仕事は旅行会社でしたので、ベトナムにおいても、そこでの経験を強みだと思い、今の会社に就職しました。


ー最初の就職先は旅行会社とのことですが、そこで日本と海外をつなぐお仕事、英語を使うお仕事を通してどんなことを感じていましたか?

森本氏:実はですね…
最初の就職先では日本と海外をつなぐことはおろか、英語すら使わない部署で働いていました。

ーと、言いますと? 

森本氏:私は、海外旅行のカウンターをやりたかったんです。だから海外セクションに行くことが絶対だと思っていたんです。
そもそも就職を希望し、面接などを受けた時、仕事はカウンター業務だと思っていました。
だから、配属先は全くチェックしていませんでした。
その後、就職が決まり、所属の発表があったのですが、そこで聞かせたのは「ゾウセイキカクシツ」というところでした。「どこそれ?“造成”ってなんだろう?何を造成するんだろう?」っていう感じですよね(笑)
研修では接客のことばかり学んでいたので、あれは、予想外でした…(笑)
結局はパンフレット制作の部署で、しかも国内旅行のブランドのパンフレット制作でした。
正直なところ、入って、「何だべここ…」という感じでした…

 

ーやりたいことができない環境にいたと思うのですが、それに我慢出来たのですか?

森本氏:結論から言うと、我慢できませんでした。
それは職務内容とかでは無いんですけどね。
私は当時の会社に契約社員として入社したんですが、契約社員はとにかく金銭的待遇が悪くて…
入社1年目は必死で気づかなかったんですが、3年目には「この待遇ってひどくないですか?私元々海外の仕事やりたくて入ったんですよ」という話を周囲にしてしまっていましたね。(笑)
きっと、自分が仕事に慣れたから言ってしまってたんだと思います。

結局、海外部門に異動することはありませんでした。
契約社員として働いていた中で「『石の上にも三年』だから頑張りな」と先輩に言われて、頑張りました。
そして、4年目を頑張っていたときに「やっぱり英語やりたい」と思い忘れかけていた英語を習いに行きました。
その時していた仕事は勤務時間が長かったので、きっぱり辞職しましたね。
とは言え生活もありますので、1年間を英語に費やすための派遣会社で仕事をしながら英会話学校に通いました。
その後、2002年にインターンシップでベトナムでに渡りベトナムでの生活が始まります。

ーベトナムに興味·関心があったのですか?

森本氏:いえ全く。(笑)
実はインターンシップでは他の国へ行く予定だったんです。
しかし、その候補がNGになってしまい仕方無しにベトナムに来ました。

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ー初めてベトナムに来た時のベトナムの印象はどうでした?それと、今のベトナムとの違いってどんなものがありますか?

森本氏:正直初めてベトナムに来た時は、大学の留学時とは真逆で「私ここで生きていけない….」と感じました。
飛行機が夜に着いたのですが、空港は真っ暗。工事中の道にかかった木材の上をキャリーケースを引きながら歩いたのをよく覚えています。
とにかく暗い。そんな風景のせいもあってか、初めて来た時のベトナムからは「重たい空気感」を感じてましたね。

 

ー「帰りたい」と思わなかったんですか?

森本氏:3か月たった時に、おなかも調子悪く、気持ち悪く、体調に悪い日々を過ごしたことを覚えています。
その体調の悪さで生徒たちに日本語を教えることもできずに“ボイコット”とかしました。
授業の中身も研修で受けていたものとは違っていたし、何も役に立てることができなかったので帰ろうかな…と折れかけていました。どこかで仕切り直しをしないと生きていけないと思ってました。
先生に相談したら、「せっかく来たのにいいの?」と説得されました。
そこで、友人たちも頑張りも糧となり、授業数を減らしてあと3か月だけ居ようと決意しました。

そんな中で、ベトナム人と友達になってその人たちとローカルの飲食店に行ったときに、この人たちにとっては、この清潔さに欠けることが“普通”なんだということを目の当たりにしました。
そこで感じたのは、「今まで感じ、考えていたことは失礼なことだった…」という思いでした。
それに気付いてからというもの、ベトナムの物を食べておなかが痛くなることも無くなりました!
これが”ここの国ではスタンダード”だということだとわかりました。

年中暖かいということは、がスゴいと思い始めましたし、急に気が軽くなり始めました。
ベトナム料理に対して「何この食べ物?」と思っていたけど、ある男性のおかげで初めてベトナムの料理を安心して食べられるようになりました。

その男性が今の旦那さんなんですけどね!

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ー日本の若い人たちに伝えたいことはありますか?

森本氏:とにかく私もいろんなことをやってきたつもりで、いろんな失敗をしています。
転ばないと痛いと言うことは知れないと思うんです。
大事なのは痛いのを知って、転んだ上で転ばないように「どうしていくか」。
転ぶことを恐れてはいけない。やらないとわからない。
そういう意味ではアジアの国々と言うのは、行ってみるだけでも価値があります。
しかし、その地に身を置くと、感じる”何か”があると思います。ハワイだろうが、ロンドンだろうが、感じることはあるはずなんです。

アジアは”近いようで近くない”、そんな場所だと感じます。
いくら想像をしてもそれだけでは、アジアを理解するのはかなり難しいです。
うちに就職したいと若い方々から連絡をいただくのですが、「これだけの給料でベトナムでやっていけるのか?」とよく聞かれます。そういう不安はもちろん分かります。それでも、「とりあえず3ヶ月やらせてください」とかのように自分が踏ん切りついていないんだったら「条件なし」でもいいじゃないですか。
とにかく「やってみる」。そして「自分とは違うことを受け入れるとは言わないまでも理解をすること」。
相手に合わせる必要は無いし、自分を消してまで従う必要も無いんです。この辺の意識は、日本人にはありがちですよね。

日本の若い方々は、人のことを”聞く”コミュニケーション能力が不足していると感じます。まずは”聞く”ことをしないと自分の意見はまとまらないですし、ブレてしまうんです。
答えがまともに返ってこないと相手はまた違うことを尋ねてしまって、ここでミスコミュニケーションになってしまいます。
その上、文化が異なると、さらに理解しづらいことも起きてしまいます。だからこそ”知ろうと思って聞く事”って大事だと思うんです。このあたりは日本人同士でも外国人とでも大事にすべきなんです。「すぐ返事しなきゃいけない」、「かっこよく返事しなきゃいけない」など、形に囚われている風潮が日本人から見受けられます。もっと本音でぶつかり合えるように人と関係を持つことも大事だし、そのためにはまずは”聞く”ことが大事だと信じています!

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廣岡 恭輔

廣岡 恭輔

Greatful Daysでインターンをさせていただくことになりました、廣岡恭輔です。
犬が大好きです。ITやWebサービス、服も家具も、美味しい物も大好きです。ベトナムに来て気づいたことや思ったことなどをみなさんにシェアしていきたいです!
短い間ですが、宜しくお願い致します!

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